僕等 バラ色の日々
眼帯の下直接を覗く勇気は最後まで持てなかった。
その黒い布の下には、自分自身の弱さとロックオンに負わせた痛みがある。
とても直視できなかった。
またそれも、弱い自分を見せられるようで苦しい。
「まだ、痛みますか?」
そうやって問いかけて、間接的に様子を聞くだけがせめてできることだ。
半分だけ残されたグリーンの瞳は一度だけ瞬いて、あぁと了解したようだった。
「大丈夫だ。腫れも引いてきた」
「でも、片目では・・・」
「その点も心配ない。大分慣れてきたし、なにより優秀な相棒がいるからな」
ダイジョウブ!ダイジョウブ!
いつの間にかティエリアの足元に転がっていたハロが飛び上がる。
オレンジ色の球体をロックオンは大事そうに拾い上げると、何事か呟いて開放した。
ハナシ!ハナシ!とぴょんぴょん跳ねながらハロは部屋のから出て行った。
どうやら外すように、と頼んだらしい。
扉が完全に閉まったのを確認し、ロックオンはゆっくりとティエリアに向き直った。
「傷が残ったりしませんか?」
右頬に手を伸ばすと、一瞬引き攣れたような顔をした。
やはりまだ痛むのだろう。
無理やり医務室から抜け出てきたという話は後でアレルヤから聞いた。
すべて自分のためだと思うと、また切なくなる。
「傷ひとつでお前を守れたなら安い話だ」
まっすぐに言い放つその言葉が突き刺さる。
そうやって向けられる優しさがどれほど苦しいか、きっとロックオンは知らない。
痛みは溶けて甘い疼きになってティエリアを侵食してゆく。
そうしてまたひとつ、弱くなってしまうのだとティエリアは思っている。
「刹那にも・・・」
「え?」
「あの時、狙われたのが刹那・F・セイエイでも同じことをしましたか?」
わずかな沈黙が降りる。
愚問だと思った。
刹那にもアレルヤにも、たとえ他の誰にだって同じことをしただろう。
たまたまそれが自分だったというそれだけのこと。
「そうだろうな」
予想した通りの返事にまた胸が苦しくなる。
忌まわしくて仕方がない。
なぜこんなに自分は脆弱になってしまったのか。
ヴェーダがいなくなってしまったからなのか?
だがそれは違う、と即座に頭の中で声がする。
違う 違う 違う
本当はもっとずっと前
この人の優しさを独占したいと思うようになってから
「でもちょっと違う」
驚いて顔を上げた。
耳元で囁かれた音を脳が認識すると同時に唇が重ねられた。
泣いた子供を撫でるようなキスだった。
気持ち良くて思わず目を閉じる。
唇を舐める感触とともに離れてゆく気配を感じてから目を開けた。
深いグリーンの瞳がティエリアを見つめている。
「これでお前を一生縛り付けられる、とか。それでも不安だから、いっそこの場で襲っちまおうとかそんなことばっかり考えてる」
真剣なまなざしに引き込まれる。
激しい物言いのわりに、表情は驚くほど穏やかだ。
そっと肩を抱かれる。
身体を包む体温にまた胸がいっぱいになった。
「俺は最低なんだよ。刹那にはこんなことしない」
揺ぎ無い強い声が、魔法のように響く。
それはティエリアの弱さも迷いも打ち砕くようだ。
抱きしめられた腕に力が込められるのがわかる。
不思議な気分だ。
傷ついているのはロックオンなのに。
彼を守らなければいけないのは自分であるべきなのに。
「俺は生き残る。じゃなきゃ、お前と愛し合えないだろう?」
喉の奥が熱くて、それ以上は言葉が出そうにない。
でもそれを突き破るだけの衝動がティエリアを突き動かした。
いまここで言わなければ。
この人の優しさに応えなければいけない。
「そうですね」
ようやく口にできたのはそれだけだった。
うまく目を見ていえたかどうかわからない。
視界が滲んで熱い。
「泣くなよ、俺が悪いみたいじゃないか」
頬をなぞる指の感触で、自分が泣いているのだとわかった。
涙を絡めとるその仕草が、ティエリアの胸を甘く満たす。
困ったような笑顔に、思わず口元が緩む。
「そうです、悪いのはいつもあなたです」
「厳しいなぁ。本当に」
そういうとロックオンはもう一度、初めて心から満足そうに笑った。
ティエリアも背中に腕を回す。
さらに近づいた身体から、かすかに心臓の音が聞こえた。
大丈夫、まだこのひとは生きている。
その真実だけで戦える。
この人を守ってみせる
自分の存在を全部掛けて
ゆれる緑の瞳にティエリアは強く誓った。
刹那の呼び方を間違えていたという事実。
ちゃんと修正しましたよ!