いつか君に


「ニール・ディランディ」

鼓膜を振るわせたその音に(聞きなれない単語だと感じてしまった)
ロックオンは少なからず驚いた。
なぜならその名前を呼んだのが、他のだれでもなくティエリアだったからだ。
ハロの整備の手を止めて、ティエリアに向き直る。

「お前からその名前で呼ばれるとは思わなかったな」
「不快ですか」
「いや。少し違和感があるだけだ」
「違和感?自分の名前でしょう?」
「もう俺をニールって呼ぶ奴は殆どいないからな」

ティエリアははっとした顔をした。
そしてばつが悪そうに視線をはずす。
触れられたくないところに触れたと感じたのかもしれない。
本名を名乗れなくなった背景に過去の辛い出来事がある。
そのことについてどのように言葉をかけようかと考えあぐねているようだ。
珍しく感情が透けて見える表情に、おもわずロックオンの表情も柔らかくなる。

「いいさ、気にするな。本当のことだ。」
「でも俺は」
「大丈夫。だからそんな傷ついた顔しないでくれよ」

左手を伸ばしてティエリアを抱き寄せる。
ふんわりと体温が香る。
しかし上を向かせて口付けても、不安そうな表情が消えなかった。

「俺は」
「なんだ?」
「俺はあなたにたくさんのことを教えてもらった」

ニールという本当の名前。
故郷、アイルランド。
家族の話。
ティエリアに人間の輪郭を与えたのはロックオンなのだ。

「それなのに僕はあなたに何も伝えていない」
「教えて欲しいと、頼んだら話してくれるのか?」
「それは・・・」

言えない。
ティエリアは言い淀む。
秘匿された自分の存在を語ることはヴェーダへの背信だ。
しかし理由はそれだけではなかった。
ロックオンが与えてくれたような暖かい何かを、自分は持ち合わせていないのだ。

「言わなくてもいい」
「え?」
「別になにも言わなくったって、お前はティエリア・アーデなんだろう?」

それだけで俺は構わない。
頭を撫でながら、ティエリアにかける言葉は優しい。
その仕草に、思わず涙がこぼれてしまいそうになる。
そしてまた思い知った。
どこまでも優しいロックオンを、強く強く想っている自分自身を。


「いつか」


戦いが無くなったら
ソレスタルビーイングが無くなる日
自分がヴェーダのものでなくなる日
ただのティエリアとなってしまう日

そんな日がきたのなら




「そのときは聞いてもらえますか?」



誰にも言えなかった私の話を



眼鏡を外す。
そっと右手を頬に寄せて、そしてひとつ、しかし深く口付けた。
ティエリアがロックオンに送った最初のキス。


今語れる、精一杯の愛しさを込めて。







END






ロックオンのバックグラウンドは本人が結構喋ってましたけど、ティエは自分で何も伝えませんでしたね。
兄さんはティエの何を、どこまで知っていたのか。
というのは二期で答え合わせなんでしょうけど(あれば)

幼少期の兄さんについては美味しすぎるのでそのうち形にしたいです。
絶対カトリックなんだぜ?(出身国的な意味で)