何物にも染まらないと思っていた
強くて綺麗なあの子に世界を与えたのはやっぱり貴方だった






Heven`s Kitchen







ザクリ、ザクリ。


レタスの緑色の葉をちぎりながらも、僕の意識は耳にあった。
早くも、リズミカルでもでない不規則な音。
見なくてもわかる。
そこにはものすごく怖い顔をして包丁と格闘するティエリアがいるはずだ。
不意に音が途切れる。
指を切ったんじゃないかと思って見たら、包丁を持ったままティエリアはうつむいていた。

「目が痛い」
「たまねぎだからね、大丈夫?代わろうか?」
「いや、問題ない」

零れた涙をティッシュで拭う。
赤い瞳から大粒の雫が白い紙に吸い込まれてゆく。
眼鏡をはずした横顔に、心臓がひとつ大きく鳴ったのがわかった。


(こんな風に泣くんだ)


不可抗力とはいえ、泣き顔だ。見られて気分のいいものではない。
まして気の強いティエリアの事。
誰かに見せることなど決してしないだろう。

おそらく、彼の前以外では。


涙が落ち着いたのか、ティエリアはまた目の前のたまねぎのみじん切りを再開する。
危なっかしい手つきにひやひやする。
が、何よりもまずやることが大事だと思ったので口はあえて出さなかった。
あふれる涙に苦戦しながらも、そのうちにたまねぎは完成した。

「出来た」
「よし、じゃあこれと、さっき切ったにんじんを炒めるよ」
「火はこれぐらいか」
「うん、たまねぎの色が変わってきたら挽き肉も入れるから」

フライパンにオリーブオイルをひろげる。
程よく温まったところで、先ほど苦戦して切った野菜を入れる。
ジュッという音にティエリアは一瞬驚いたようだったが、すぐに木べらで野菜を炒めだす。
先ほどよりは手つきがいい。
油と野菜の水分が反応して低い音が鳴る。
心なしかティエリアも楽しそうだ。
また一つ、彼しか知らない表情が見えた。





料理を教えて欲しい。

ティエリアにそういわれたときは心底驚いた。
たしかに幾分か自炊はできるが、それはあくまで自己流。
人に教えるような腕は持ってない。
そもそもどうして僕の所なんかに聞きに来たのだろうか。
トレミーのクルーには自分より上手く教えられる人がたくさんいそうなのに。

「ロックオンに聞いてみたら?彼なら僕よりもちゃんと・・・」
「彼に教わったら意味が無い」

そのときにわかってしまった。
どうして彼が自分にこんなことを頼んだのか。
わずかに染まった頬。
不安の滲む眼差し。






間違いなくそれは恋をした人の姿だった。




結局ティエリアの意志に負けて、簡単なものでいいならという条件で引き受けた。
あまり使用頻度は高くなかったがトレミーには綺麗なキッチンもあったし、
調理器具もなぜか一通りきっちりと揃っていた。

(これも、ヴェーダの計画のうち?)

共同生活をすることでクルー同士の親睦を深める意図でもあるのだろうか。
その辺はティエリアに聞いても不明だった。
ヴェーダはやっぱりよく分からない。
とはいえ、引き受けてしまったからにはヴェーダの意図がどうであれ、
このやたら良い料理環境を最大限生かすことにした。

しかし道具はあっても、食材がたりない。
もちろんトレミーにも食料はあるが、これはあくまで趣味の一環なので無暗に利用できない。
そこで、たまたまミッションで地球に赴いていた刹那に材料の買いものを頼む。
わざわざ暗号通信を使った手の込んだお使いのお願いに、刹那はどんな顔をするかとひやひやしたが、わかった、の一言で引き受けてくれた。
その辺はさすが刹那というかなんというか。




かくして、僕らの料理教室は今に至る。


「アレルヤ、火が通った」
「そう。じゃあトマトソース缶とスープの素入れて」
「わかった」
「あとは塩と胡椒で味を調えて、もうちょっと煮詰めれば出来上がり」
「それだけでいいのか?」

ティエリアから疑問の声があがる。
簡単なもの、と言ったはずなのだが。
もっと高難易度な物を期待されていたのだろうか。
そういえば、材料をひとつひとつきっちり計量していた様子を思い出す。
ティエリアにとって料理は理科の実験の延長みたいなものなのかも知れない。
思わず笑いがこみ上げる。
そんなに堅苦しく考えなくたっていいのに。


(でも、きっとそんな所がかわいいんだろうな)


「それだけだよ。もっとアレンジはきくかもしれないけど」
「味が足りないんじゃないか?」
「じゃあ、味見してもらう?」

ちょうど良いタイミングで扉が開く。
入ってきたのは渦中の男と、小さなオレンジ色の相棒だ。

「いい匂いだな」
『イイニオイ! イイニオイ!』
「おいしそうでしょう?ティエリアが作ったんですよ」
「へぇ、ミートソースか」
「シンプルですけど、やっぱりこれが一番美味しいですから。ね、ティエリア」

ティエリアはフライパンを握ったまま固まっていた。
まぁ、今回のターゲットが自ら登場してしまったのだから無理もない。
ティエリアとしてはこっそりとつくって驚かせるつもりだったのだろう。

「そうか。刹那がいろいろ買い物してたのはこの為だったんだな」

ひとりうなずくロックオン。
彼は刹那と同じく、地上ミッションから帰還したばかり。
どうやら刹那は買い物の理由を話さなかったらしい。
さっと右手の手袋をはずすと、ティエリアの手から木べらを奪う。
そして、止めるまもなく先に付いたミートソースを口に含んだ。


「ん、うまい」


せっかく作った力作を、心の準備もままならないまま食べられてしまったことでティエリアが我に返る。
あわてて木べらをロックオンからひったくる。

「ぎ、行儀が悪いぞロックオン・ストラトス!!」
「あはは、そんなに怒るなって味見だよ味見」
「食べていいとは言ってません!!」


怒り出すティエリア。
からかうように笑うロックオン。


 

くらくらと眩暈がする。






「ロックオン、刹那を呼んできてくれますか?多分部屋で寝てますから」
「ああ、わかった」

そういうとロックオンはキッチンを後にする。
ハロもぴょんぴょん跳ねながらその後姿を追う。
にぎやかだったキッチンに訪れる静寂。
まったく、とぶつぶついいながらティエリアはソースの入ったフライパンを混ぜていた。
その隣で、僕はパスタを茹で始める。


「ティエリア、良かったね」
「え?」
「おいしいって言ってたよ、ロックオン」


綺麗な横顔が、さっと染まる。
ちょっとだけ目を閉じて一言。
そうか、と。

時間にすればわずか5秒の仕草。
でもその中にどれだけの気持ちが詰まっていたのだろうか。






罪な人だと思った。

強くて。綺麗で。

何物にも染められないと思っていたティエリアをこうも簡単に変えてしまうなんて。





(でも、だからこそ貴方だ)





「何か言ったか?」
「ううん。それよりソースの火、止めていいよ。」





湯気の立つパスタの上にかけられる赤いソース。
なんの変哲もない、シンプルなミートソース。
でもその中には苦しいくらいの恋心が溶け出している。




「おーいお二人さん。刹那連れてきたぜ」
「・・・ミートソース」
「刹那には買い物行ってきてもらったし、ミッション成功の慰労も兼ねて僕ら二人から」
「これはアレルヤが作ったのか?」
「驚くなよ、刹那。ティエリア作だってさ」
「嫌ならば食べなくてもいい」
「ティエリア、そんなことは言ってねーよ」
「あははは、じゃぁご飯にしようか」


マイスター四人で囲む、久しぶりの食卓。
テーブルの上の皿に盛られた恋心は、彼の目にどう映るのだろうか。
口の中に消えてゆくフォークを見守るティエリアの表情はとても不安そうだ。
くすぐったくて、でもどこか切なくて、とても甘酸っぱい。




「アレルヤ?どうしたんだニヤニヤして」
「なんでもありませんよロックオン」






食べて思い知ればいいと思った
自分がどれだけ、この強く綺麗なあの子に愛されているのかを










「ニンジンが大きい」
「刹那・F・セイエイ!!万死に値するっ!!!」















第三者視点のロッテリア。
お料理描写はてけとー。
ティエリアがすっかりデレちゃったのでびっくりしつつも見守っちゃうアレルヤ。
はじめロクアレティエ三つ巴でもっとドロドロしてたんですが
アレルヤがすごい痛々しくなったのでやめました。
少しはさわやかになった・・・よね?

自分では割とお気に入りの一作です。