それはまだ世界に影が満ちる前
なんてこと無い裂け谷の一日
花冠
初夏の光は裂け谷を包み、全ての木々は輝いていた。
それは領主エルロンドの庭も例外ではなく、
手入れされた庭の数々の花は今が盛りとばかりに咲き誇っている。
空は快晴
こぼれる光が気持ちいい。
そんな素晴らしい庭の光景を見ながらエルロンドは午後の執務をこなしていた。
「しばらくしたら取りに上がりますので。サボってはいけませんよ」
エレストールは多少強張った笑顔で書類を置いていった。
温厚だが厳しい彼のこと、これが今日中に上がらなければ・・・
考えるだに恐ろしい。
裂け谷の鬼顧問長に叱られるのは本意ではない。
目の前に座らされ何分もガミガミ怒鳴られては、
いくら長い時を生きてきたエルロンドだって逃げ出したくなる。
「早く終わらせてしまおう・・・」
どこかに飛びかけた意識を呼び戻しエルロンドが再び書類の山に向かおうとした、
ちょうどその時。
「エルロンド!!」
高い声が聞こえた。
声のした方を振り向くとエステルが走ってきた。
「どうしたエステル。そんなに息を切らせて?」
「お庭のお花を少し頂いてよろしいですか?」
「構わないが、どうするのかい」
「ギルラインに差し上げるそうですよ。」
後ろの方から闇の森の王子が笑いながら言った。
「レゴラス、来ていたのか」
「こんにちはエルロンド卿」
彼の父・スランドゥイルとはあまり仲が良くないはずなのだが、
この変わり者の王子はよく裂け谷に遊びに来る。
きっと彼もエステルが可愛いのだろうとエルロンドはひそかに思っている。
エルフの世界にはもう長らく生まれなくなってしまった子供。
最近7歳になったばかりで元気の盛りの彼を
大人たちがやたら可愛がるのは当然のこと。
くるくる変わる表情は、本当に生命の神秘そのもの。
その中に、イシドゥルア、エレンディル、
ひいては自分の弟の歴史と血脈があるのだ。
今は無きヌメノールも、人間達の愚かしい歴史も
このただ一人の子供の後ろに見え隠れする。
不思議な感傷で胸が一杯になる。
「母上にお花を差し上げるのだね?」
「はい、いつもこのお庭が綺麗だと言っているので・・・」
「そうか、私も昔母に差し上げたことがある」
もう記憶の彼方の母を思い浮かべながらエルロンドは庭に下りてきた。
ルシアンの再来と呼ばれるほどの美貌は、たとえそれが緑の上であったとしても
色褪せることは無い。
むしろ有限の花の上に立つ不死のエルフは一層他を輝かせているようだ。
それはまるで一枚の絵画のよう。
当の本人はただ庭に降りただけのことなのであるが。
エルロンドは身をかがめ、足元の花を2本摘み
じっと見つめた後、その茎を交差させた。
「そうだな・・・こうやって・・・・・」
不意に手が止まる。
「エルロンド?」
しばしの沈黙の後、エルロンドはかなりすっぽ抜けた問いを発する。
「冠ってどうやって作ったっけ?」
「「はい?」」
「兄弟達と作ったような記憶はあるのだが・・・何分昔のことだから・・・・・」
遠い記憶を手繰り寄せながら煩悶するエルロンド。
別に摘んで持って行けばよいでしょうに
というツッコミを心の中でしつつレゴラスは助け舟を出した。
「ほらいきますよ。こうやって、交差して、くぐらせて、」
エルフの白い指先で白と黄色と桃色の花が次々編み上げられ、
あっという間に見事な冠となった。
「はい。出来ました」
「見事なものだな」
「工作は得意なんです」
得意そうにレゴラスは笑った。
「すっごーい!!レゴラス!!僕にも出来るかな?」
「簡単だよ。まず二つの花の茎を交差させて・・・」
「楽しそうですね、父上」
「エルロヒア、エルラダン!どうだお前たちもやってみないか?」
後ろから声を掛けた2人の息子たちも誘う。
面白そうなことをこの2人がほうっておくはずも無く、すぐに庭に下りて仲間に加わった。
人間が1、エルフ4の奇妙な組み合わせは次々に冠を編み上げる。
ドワーフほどではないが手先は器用な種族たちだ。
緑の中で楽しそうに談笑する図はまるで夢のようだ。
「懐かしいですね、庭で遊ぶなんて」
「アルウェンが生まれた頃以来かな?」
「アルウェン?」
「元気にしているだろうかな」
ふいにエルロンドに父親の感情が滲む。
大切な娘と離れて暮らすのは、なんだかいろいろ思うところがあるのだろう。
父の不安を払拭してあげようとエルロヒアが言う。
「大丈夫ですって。あのガラドリエルの元で生活しているのですから」
エルラダンも続けた。
「そうですよ父上。きっとそのうち・・・」
「きっとそのうち卿を蹴り倒すくらい頼もしくなって帰ってこられるでしょうよ」
長身で美しい金髪のエルフが割って入ってくる。
「今の冗談はあまり笑えたものではないぞ、グロールフィンデル?」
いささかげんなりした顔でエルロンドが答える。
軽快に笑いながらグロールフィンデルは謝罪した。
「申し訳ございません。それにしても楽しそうですね」
「あなたも混ざりませんか?結構簡単なんですよ」
編みかけの冠を手にとってエステルが誘う。
どうやら思いのほか面白かったのだろう、
彼の後ろにはもういくつも完成品がある。
「ありがとうエステル、でも私はすぐに行かなくては。
でないとまた鬼のような顧問長にしかられてしまう」
いつもの笑顔を絶やさずに彼が言った
その瞬間
「鬼のようでどうも申し訳ないですね、グロールフィンデル」
「え?」
冷たい声にくるりと振り返ると、
そこには怒りのオーラをまとった顧問長が立っていた。
「何をなさっていらっしゃいますか?」
「あ・・・」
暗転。
「まっっっったく!!!
大の大人がよってたかってなにを遊んでいるのですっ!!!
仕事を全く片付けていない上、摘みすぎて庭を台無しにするなんてどういう
了見なのですか!!!
エステル!!
卿の邪魔をしてはいけませんと言ったでしょう!!
レゴラス貴方も貴方です!!
子どもをみかじめる位はやってください!!
王子方も!!
それから・・・それからっ!!」
オークも逃げ出す形相で一同を叱り飛ばす顧問長の話はどこからともなく伝わって裂け谷の笑い話の一つとなってしまった。
そして
「アルウェン様、お父上から贈り物だそうですが・・・・・・・・・・花冠?」
「あらあら、お父様ったら」
その日彼らに作られた大量の冠たちは裂け谷の貴婦人たちをはじめ、
遠くロスロリアンにまで贈られたのだとか。
fin
裂け谷の愉快な仲間たち(違)
展開上、違和感の無い限りのエルフを出しました。
最後にアルウェンと会話してるのはハルディアってことで。