きっとこの夜の先には


Get over the tender night



世界に夜の帳が下りて、人々が寝静まる頃。


「こちらにおいででございましたか。」


ファラミアは王宮の廊下に佇むアラゴルンを見つけて声を掛けました。
アラゴルンはゆっくりと振り向いてにっこりと笑いかけます。


「ファラミアか。」


アラゴルンの隣に立ちファラミアはすっと頭を下げます。
それを見てアラゴルンは困ったような表情を浮かべました。


「そんなふうにする必要は無い。まだ私は王ではないよ。」

「いよいよ、明日ですね。」


そうです。
明日はアラゴルンの戴冠式です。


冥王は戦いの末に倒れました。
そしてゴンドールに王がついに帰ってきたのです。
全ての国民がどんなにこの日を待っていたことでしょう。
やっと中つ国に平和な時が訪れたのです。



「旅の仲間はどうしている?」

「皆さんよくお休みだそうですよ。早く寝ろとミスランディアが怒鳴っていらっしゃった。」


くすくすと笑いながらファラミアは答えます。
途中でバラバラになってしまいましたが、彼らはみんなアラゴルンの大切な仲間達です。
きっと彼らは明日という日を祝福してくれるでしょう。
ともに苦難を乗り越えてきたのですから。



「君の兄上にも、ここにいて欲しかったな。」


ふと、アラゴルンは右手に持っていたものに目を落とします。
ファラミアは息を呑みます。


「それは・・・」


それは兄、ボロミアの篭手でした。
彼が死ぬ最後の瞬間にまで身につけていたものです。
アラゴルン悲しそうに笑います。


「彼は、最期まで・・・・・この国のことを想っていたよ。」

「兄らしいと思います。」


ゴンドールをあれほど愛していた兄です。
命尽きる時まで国のことを想っていたとしても、それは自然なことのように思われました

この時を兄はどれほど待っていたことでしょう。
王が、ミナスティリスに帰って来る時を。




「きっと兄は見ていますよ。西の彼岸から。」


「西・・・。」


アラゴルンの顔にさらに深い悲しみの色がよぎりました。


「アラゴルン?」


暫くの沈黙の後、彼はそっと呟きました。


「無事に・・・・・西へ着いただろうかな・・・」


アルウェン姫のことを彼は言っているのでしょう。
彼の胸には白いエルフの宝石が変わらずに輝いています。
もう帰ってはこないのだ、とアラゴルンは言います。
ファラミアも今回の戦争で父と兄を失いました。
心のどこかがごっぞり抜け落ちたようです。
アラゴルンもいま、こんな思いをしているのでしょうか。




「ファラミア、私は思うんだ。」

「なんでしょうか?」


夜の街を見下ろしながらアラゴルンは言います。


「何もかもそのままでとどめておくことは出来ない。」



人であれ

愛であれ


「王になっても、戻らないものは多いね。」


そういって彼は寂しそうにまた笑います。



もう一度少しの沈黙が降りました。


「もうお休みください。明日は早いのですから。」

「そうさせてもらう、居眠りでもしたら事だからな。」


そういうとアラゴルンは部屋へ戻ろうとしました。
一礼した後、はぁ と息をつきファラミアは城下を見つめました。


「ファラミア!」


声の方を振り向くとアラゴルンは静かに言いました。


「いい国を創ろう。」








失くしたものが埋まらなくても

大切なものが還らなくても





「前を向いて歩けるような。」



ファラミアはにっこりと笑います。





「もちろんです。」



その笑顔を見て、王も負けないくらい微笑み返しました。






父上、兄上

きっと良い治世となるでしょう
痛みと苦しみを抱えても
それでもほんの少しだけ

この夜の先を越えて
明日を迎えたくなるような





FIN




「王の帰還」DVD発売おめでとう!